半田市ふるさと景観賞 選考総評

選考委員長  瀬口 哲夫

 ふるさと景観賞は“わたしたちふるさと半田の自然と文化を守り育てるとともに、美しい景観づくりに貢献しているもの”を表彰する。こうした主旨と半田市の都市としての歴史が反映し、第二次審査に残った34点の内、新しく作られたものは、3分の1以下の11点で、歴史的建造物や鎮守の杜などが23点であった。こうしたことは新興の都市には見られない、いわば半田市の特徴であるといってよい。またそれだけでなく、こうしたものが危機にさらされている状況の反映であるかも知れない。事実、前回の半田市都市景観賞で受賞した亀崎の太田合資の酒倉は残念ながら取り壊されてしまった。

 今回のふるさと景観賞は、1992年(平成4年)に実施された半田市都市景観賞に続くものである。名称を変更した、1994年(平成6年)の半田市ふるさと景観条例の制定に伴い、半田市では、都市景観ではなく、“ふるさと景観”と言う表現をしているのは、運河と蔵、南吉と田園風景、祭りと山車と言ったように、半田市にはふるさとを強く印象づけるものが存在するからである。それが半田市の持つ個性のひとつである。

 ふるさと景観賞の募集は、昨年9月の1ヶ月間であったが、応募総数は342点、応募者数は264人、対象件数は205件の多きにのぼった。これは今回地元の半田工業高校の生徒が多数(130名)応募してくれたためである。このように若い人たちが都市景観に関心をもってくれることは大変貴重である。今回“ふるさと景観”と言うことから、対象を拡げたこと、また景観形成に貢献している運動なども表彰の対象としたことから、建築年の制限を設けなかった。表彰の対象となる205件を分類してみると、商業建築が57件、モニュメント等が33件、風景が18件、寺社等が10件、集合住宅が7件、街並みが7件、イベント等が2件であった。推薦が多かったものを見ると、青山記念武道館が一番多く、19点の推薦、以下新美南吉記念館が18点、日本福祉大学半田キャンパスが16点、日本食品加工株シ田工場が11点であった。

 審査は10月の17日と18日の2日間、行われた。第1日目の午前中は書類選考で、現地審査の対象とするもの34件を選んだ。選考委員7名の内3名以上の支持のあるもの20件をまず残すとともに、1名の支持もなかったものは落とした。1〜2名の支持のあるものについて、一つずつ検討を加え、この中から14件を残した。現地審査対象の34件は半田市内全体に分布しており、街並みとしては、南本町の田中酒造の前の通り、祭りの場所としての亀崎人工海浜、あまり人に知られていないものとして、乙川ハリストス正教会など興味は尽きないものばかりだった。そこで午後からさっそく現地に出かけ、日の暮れるまでかなりの強行軍で現地審査を行った。第1日目に現地に行けなかったものについては、2日目にまわした。2日目は、現地審査を終えた後、最終審査を行った。今回は部門を設けずに募集したので、選考もそれに準じることとした。

 結果として次の10点がふるさと景観賞として選ばれたが、入選したものは、実にバラエティに富んでいる。新しい建築では、応募者からも支持のあった新美南吉記念館と加藤邸が選ばれた。新美南吉記念館は南吉のイメージをふくらませた新しい造形物であることが評価された。本町の加藤邸は半田の山車蔵をイメージしたものであるとともに、高さやスケールが周囲の建物の調和したものとなっているところが評価された。構造物としては、亀崎の潮風橋とその周辺が選ばれたが、橋の造形の面白さとその周辺の整備が評価されたためである。
 日本食品加工株シ田工場は最終審査でも審査委員全員の支持を得た。その存在感は他のものを圧倒するものがある。歴史的建造物としては、この他萱葺きの屋根が美しい海潮院が入選した。歴史的建造物ではないが、木造3階建ての加登屋はなつかしい感じのする建物で、大方の支持を得た。街並みあるいは街道として、常夜燈や古い家並みのある紺屋海道が選ばれた。
 ふるさとの風景を形成するものとして、三八の朝市が評価された。ちょうど18日の午前中は朝市の日にあたっており、選考委員の中には朝市で買い物をした人もいる。南吉童話にも登場するが、この地方に多い曼珠沙華(ヒガンバナ)の花50万球を、新美南吉記念館近くの矢勝川沿いに植えるという、ふるさとづくりを展開している「矢勝川花いっぱい運動」も高く評価された。ふるさと景観づくりは、住民の理解なくしては成功しない。この点からもこの運動は、半田市におけるモデル的なものとして評価された。
 半田市内では最大級の成石神社の鎮守の杜も緑と潤いを与えている“ふるさとの景観”として選考委員の支持を得た。

 以上入選したものを見る限りでは、半田市の“ふるさと景観”は奥行きが深いものがわかる。今後の課題は、こうしたものを生かす形でまちづくりを進めていくことが大切である。
 入選を10点に絞ったため、かなりの激戦になった。特にチャームポイント的な小さな物は入選しづらかったきらいがある。しかし入選していないものも、景観上の良さをそれぞれに持っていた。むしろこうしたものがあって、半田市全体の景観が維持されるといってよい。
 終わりに、事務局を担当した半田市都市計画課の担当者及び実務面で全体的な協力をいただいた(社)愛知建築士会半田支部のみなさんに感謝いたします。

この文は、1996年 半田市発行の「半田市ふるさと景観賞」誌より転載したものです。

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