第2回 (社)愛知建築士会 学生コンペ
  半田赤レンガルネサンス
学生コンペ特別委員会

中村拓志氏記念講演会

 僕は今33歳、隈研吾さんの設計事務所で修業をして独立した。初めからスムーズに行ったわけではなく苦労もしたが、29歳のときに、銀座の中央通りに、パリのファッションブランド「ランバン」のブティックの設計という大きなチャンスをいただいた。建築家はとかく哲学を引用したり、機能の面だけから組み立てたり、論理的に偏重してものをつくる傾向があるが、人の感情をゆさぶるエモーショナルな設計もあるということを、この仕事を通して教えられた。

 そのきっかけになった作品がある。ひとつは、パリにあるマカロンで有名なスイーツの店「ラデュレ」。店内にいると食べてもいないのに甘い雰囲気になる。店のコーポレートカラーはグリーンだが、これはケーキで使うピスタチオクリームのグリーンではないか。また天井に描かれた雲の絵は、生クリームをイメージさせる。ケーキに使う材料、エッセンスを取り入れることで甘い気分を誘っている。もうひとつが資生堂のパフュームの店。紫色のグラデーションによって空気中に香水が舞っているような気分になれる。そこにいる人に独特の気分と雰囲気を与えている。

 僕は商業建築に関わる仕事が多い。マーケティングを重視し、社会の中でどういうものをつくることで売上が上がるのか、お客さんが喜ぶかというところから、どんな建築が必要かを組み立てていく。それは広告ディレクターのやり方に似ているかもしれない。建築家にはどのような条件下でも同じ素材で同じ方法論で建築をする人もいるが、場所、周辺、クライアントに合わせ最良のものを提案している。僕の作品を数点紹介したい。

■ランバンのブティック

 昔のブティックの外観はガラス張りで中が見渡せ、通りを歩いていても中の商品がよく見えるというのが当たり前だった。今はインターネットで商品が買える時代なので、お客さんは商品単体を買いに来るのではなく、特別な体験を求めて来店するようになった。わざわざその場所に行ってどんな体験ができるのか。ワクワク感が大切。ランバンの設計では、中をのぞきたくなるようにショーウィンドウは小さくした。そこからキラキラと光が差し込み、光に包まれてドレスを着る体験ができる。正面から光が入り、モルタルの床にいろいろな模様を描く。外の変化で室内がさまざまに変化する建築をめざした。

■恵比寿の集合住宅「Dancing trees,Singing birds」

 マンションディベロッパーによるコンペで、恵比寿の一等地、森の残る敷地に建設した集合住宅。地価が高いため容積をフルに使いつつ、自然も残したいという要望にこたえ、自然が付加価値になるように、なるべく木を切らず、木をよけながら部屋が突き出ているように建てた。枝の1本1本をレーザーポインターで測量し、正確に位置を出してデータ化し、コンピューターで3Dにした。タイトルにDancing trees(木のダンス)とあるが、台風時に木がどういう行動をするかをシミュレーションして、それをよけ、空いていくところに建築のボリュームを出した。

 環境問題に対するアプローチは、断熱材の厚みであったり、ソーラーパネルの技術的な話であったりまじめな話が多くて楽しめない。まずは「自然っていいよね」と誰もが思えることが大事。環境問題を義務から文化にしないといけない。自然との関わり方のバリエーションをいっぱい提案していくことで変わっていくと思う。自然と対話する体験を提供することが建築家としての責務だと最近感じている。

■Nike Tokyo Design Studio

 アメリカのポートランドにオフィスがあるナイキが、日本文化を意識した商品づくりをするための東京オフィス。目黒川沿いの桜が美しい場所性を重視した。薄いオーガンジー素材に和紙を接着して紙のカーテンをつくるなど、やわらかくリラックスできる雰囲気を大切にした。 

プロフィール

1974年東京生まれ。明治大学大学院理工学研究科博士前期課程修了後、隈研吾建築都市設計事務所入所。2002年NAP建築設計事務所設立。
GOOD DESIGN AWARD2006、日本商環境設計家協会JCD賞2006大賞、ディスプレイデザイン賞2006優秀賞など多数受賞。